汽笛

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♪汽笛一声新橋を〜で知られる新橋駅は、この時から東海道線の起点を花の都大東京駅に譲り渡した。設計は明治建築界の大御所・辰野金吾。施工は、入札の結果大林組が担当した。赤レンガの華麗な駅舎はたちまち花の都大東京の新名所となり、当初は利用客より見物客の方がはるかに多かったという。だが、この駅舎には過酷な運命が待ち受けていた。大正12年の関東大震災ではびくともせず、見事な施工ぶりが証明されたものの、太平洋戦争に突入して終戦も間近な昭和20年5月25日夜半の大空襲で被弾。たちまち炎上して、さしもの駅舎も焼け爛れ、見るも無残な姿をさらすことになった。戦後、直ちに始められた復旧工事は、種々悪条件の中で鉄道当局、また施工の大林組などの関係者は頑張り、焼けた3階は解体されて2階建てに、円筒形だった南北ドームの屋根は角型にと変更されたものの、辰野の設計の面影は残された。だが、不特定多数が利用する駅は生き物である。利用客の増加、また経済社会の発展に伴う利便性の追及などに合わせ、駅機能を増強しなければならない。赤レンガ駅舎も常に補修・改修工事が行われ、2ヵ所の地下ホーム新設をはじめ、駅構内連絡通路の拡張、二層構造となった北口側の自由通路などなど、当初と比べると見違えるほどリニューアルされた。。

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